« ベラを救え チャスラフスカさんに寄せて | トップページ | 冬の日はチャイコフスキー »

2007年1月 8日 (月)

リュドミラ・ツルシチェワさん

中学生時代はクラシック音楽との出会いが大きな事件
だったが、他にも、体操競技や札幌五輪でのジャネット・リン
さん等、フィギュアスケートに夢中になるなど、
楽しい思い出が多い。
体操競技は、まずアメリカのキャシー・リグビーさんが
同級生の話題をさらった(エンジェル・キャシーとして
全国的にというか世界的にも有名だった)。
それからソ連のルュボフ・ブルダ選手。中学生の「我ら」は、
日本体操協会に問合せして、キャシーとリュボフの住所を
教えてもらい、ファンレターを書くというところまで行動して
いたくらいだ。もちろん返事はなかったが。
それにしても、日本体操協会は中学生の1ファンに
よくそこまでしてくれたものだと感謝している。
今の時代は無理だろう。今のように、「個人情報」などという
「偉そうで、せせこましく」わけのわからぬ奇妙な概念は
無かった呑気な時代だったが、もし、
「どちらの時代が豊かな時代か?」と聞かれれば、
迷うことなく「あの時代」と答える。

それはさておき、最も美形で有力選手で、
ちょっと近寄りがたいくらいのお姉さん選手といえば、
ソ連のリュドミラ・ツルシチェーワさんだった。
(たぶん、ロシア語上はチェーワと伸ばすはずだが、本の表記
 にしたがい以下は~チェワとする)
太い眉、イングリット・バーグマンのような顔立ちの美人選手。
1972年だったか、中日カップの選手権で来日した際は、
東京体育館に実際に見に行った。
もっとも彼女はケガをして演技はせず、「申し訳ない」旨、
マイクをとって会場に説明したのだった。
そういえば、ロシア人の肌の白さは、日本人の色白とは
レベルが違うことを、それに先立つ(あるいはその後の)
何かの大会後、競技場である武道館から出てきたアンドリアノフ
選手を間近で見たときに実感したものだが、女子選手の
多くは本当に「まっ白い」顔(肌色)なのだ。

引退後は、モントリオールで知り合った、短距離の
ワレリー・ボルゾフ選手と結婚されたまでは知っていたが、
その後のことはもちろん知らないままだった。
チャスラフスカさんのところで紹介した後藤正治氏の本に、
その後のことが書かれており、それを読んだときは、
まるで昔の旧知の懐かしい人に久かたぶりに会ったような
喜びを覚えた。
引退後(結婚後)、夫の故郷であるウクライナの首都キエフで
体操コーチや同連盟の審判、技術委員の後、現在は
ウクライナ体操連盟の所長という要職にあるという。
1人娘さんを含め、3人の家族はそれぞれ自分の道も
踏みしめながら共に生活しているようだ。
インタビューのため、連盟の官舎に向かう後藤氏と玄関前で
待っていたという、ツルシチェワさんの初対面のシーンは
想像するだけでワクワクする。
インタビューは通訳が語る場面以外は彼女のほうから
積極的に話してきたという。羨ましいシーンだ。
とにかく、お元気でたくましく生きている状況を知り、
本当に嬉しかった。

そういえば、後藤氏も書いているが、キエフといえば、
オイストラッフ、スターン、ホロビッツ、リヒテル、ギレリスと
いった偉大な音楽家を輩出している土地だ。
未だ見ぬロシア(といっても広大すぎるが。
まして分離独立した共和国を含めて)は、例のスパイ事件や
テロ等、まだまだ混迷があるにしても、どこかの地に行って
みたいものだ。

« ベラを救え チャスラフスカさんに寄せて | トップページ | 冬の日はチャイコフスキー »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック