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2007年1月29日 (月)

グーグルに危うさを感じる

1月21日(日)のNHKスペシャルで、グーグルが取りあげ
られた。
興味深く見た人も多いと思う。あの中で私が一番興味を
抱いたのは、企業マンを相手に、
「グーグル検索の上位15位に登場してこない(情報)なら、
 あなた達は存在しないに等しい」、と力説していた人の
その発言だ。
「えっ?ちょっと待てよ・・」と私の中に大きなクウェスチョンが
生じた瞬間だ。感情的な反発ではない。
私の中のもっと冷静なもの、ただし、知性やデータ的裏付け
などでなく、言ってみれば「直感」。
でもすみません、私の直感、結構当たるんです。
グーグルに採用される人の条件である博士号取得者の
人達の優秀な頭脳に比べれば私はただのアホにすぎないが、
そのアホの直感を侮らないほうがよろしいかと存ずる。
先ほどの言葉が「傲慢」であるには違いないが、傲慢で
あっても本当に非の打ち所が無い様な事業モデルと実績と
未来像が描けているなら、それも許そう。だが・・・。

疑問点、問題点を整理して指摘してみよう。
1.我々にとって実は「検索」はツールに過ぎないのだ。
 極めて重要な、非常に便利なものだが、しかし敢えて
 言えば「所詮ツール」だ。
 それ自体に最高価値は置かない。我々は何かを行う
 ために情報を得ようとするのであって、情報を得ること
 自体のために行動するわけではない。
 そもそも、グーグルの皆さんは「世界中の情報を得る」
 としているが、実はそれは無理だ。情報は絶えず生まれるし、
 消滅する。「いや、残るではないか」と言うことも解るが、
 人の意識から去った情報はあまり意味を有さない。
 むしろ、将来的には、例えば、
 「グーグルに出ていない情報を探せ」とか
 「出ていないものこそ重要だ」という価値概念が生じて、
 人々がそう行動することは十分考えられる。
 人間は結構「あまのじゃく」なのだ。というより、
 商売なり、なんらかの発想転換というものは、
 そういした「脱現状」(言ってみれば「反発」)から
 起こるのが常だし、それでこそ成功したという人は
 多いはずだ。
 ここに、グーグルのまず大きな「落とし穴」が1つある。

2.有名な例だが、中国政府から検閲を受けて、事実上
 それに屈しているという点(「天安門」の情報が、
 中国の国内と国外では全く異なる等々)。
 これは既に「情報戦争」としては「敗北」を意味して
 いて、この時点で、世界中の情報は得られないし、
 いわんや検索機能に盛り込むことは不可能だ。

3.「村はちぶ」にもじって「グーグルはちぶ」と言われる
 権威主義。先述の2と実は裏表の関係に過ぎず、
 これも実はグーグルは自分で自分のクビを絞めていると
 言える。情報の、純粋なニュートラルという意味での
 王国を築きたいという壮大な夢のはずだったと理解
 しているが、既にそこから大きく逸脱はしていないか?

今こそ、グーグルは理念の見直しを計るべきと思う。

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