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2006年11月 3日 (金)

吉田秀和さんの復帰を喜ぶ

今年の文化勲章受賞者の1人、吉田秀和氏。1913年生まれ(いつだったか、自身が「春の祭典」の初演の年の生まれとどこかでおっしゃっていた)。とにかく、70年前の2.26事件のときはもうじき東大を卒業しようとされていたということで、「歴史的な」年齢を重ねて93歳の今もカクシャクとされている。
もっとも、数年前に長年連れ添ったドイツ人の最愛の奥様を亡くされてからは、評論を書かなくなったばかりか、あまり音楽も聴いておられないのではとの噂もあった。
幸い、「レコード芸術」は数ヶ月前くらいに「復帰」されたし、朝日新聞夕刊の「音楽展望」も久しぶりに11月1日、再開されてホッとした。
もっとも月1回ではなく、年4回に絞るとのことだが。1日の文も見事なモーツァルト論を展開されていて流石である。

私は高校生のころから、前述の雑誌や新聞の評論、あるいは当然折々の演奏会批評や単行本等、様々な場面で氏の文章を拝読してきた。宇野功芳氏とともに最もよく拝読してきた評論家であり、いつも何かを学ぶことができた。もちろん、お2人とも、いつも完全に共感してきたわけではないが、魅力的という点ではお2人は常常敬服してきたし、宇野氏では「うん、そうそう」「え?ちょっと違うなあ」と感情的に同意あるいは非同意するのに対し、吉田氏では、「ああそうか、なるほどなあ」と「勉強になる」ことが多かった。ただし、もちろんそれは学識的にというだけでなく、広くハートの問題でのヒューマンな視点において、という意味であることは言うまでもない。
お2人の文章を読むと、どう音楽と向き合うか、いかに誠実に正直に感想を書くことが正しいか、ということを教えられる。
吉田氏の文から教わることはことに多い。音楽のことを書く、ということは、何も偉そうに評論家ぶることではなく、あるいは自分の教養や知識を自慢することでもむろんなく、その奏者、そして作曲家に自分の感性をもってひたすら近づき、あるいは「対話」することで自らの「糧」とし、また真の意味で広く紹介していくことの重用性を教えていただく思いがするのだ。

以前から現代音楽論評を中心に優れた批評を書く白石美雪さんのほか、最近もどんどん良い評論を書く人が出てきているが、底辺には吉田氏の論功があることは間違いないと思う。
吉田氏の印象的な言葉はたくさんあるが、1つだけ紹介すると、「僕は、その人が15歳だからどう、とか、70歳だからどう、とかいうことには基本的には興味が無いんです。良い音楽をしてくれるかどうか、ということが重要なんです」という主旨の発言はだいぶ以前だが読み、今でもとても印象に残っている。氏ほど「偏見や表面的マスコミ的な発想とは無縁」な人も珍しいかもしれない。
欧州で直接、フルトヴェングラー指揮の演奏を聴いたことがある数少ない人にもなられている。
今後もご活躍を期待したい。

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