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2006年10月 8日 (日)

若杉のマーラーはなぜダメなのか?

以前、若杉弘指揮のマーラーの8番のCDを聴いてガッカリしたことがある。しかもスタジオ録音ではなく、「熱い」はずのライブなのに、である。(ライブ、といえばついでながら、小澤征爾さんもスタジオ録音のものより総じてライブのほうがまだいい)
若杉指揮のマーラーはまず情熱が全く感じられない。「熱い」魂が感じられない。音を「なぞって」いるだけ、という感じなのだ。
先日N響アワーで放送された、9番の終楽章、あの偉大なアダージョにしてもそう。一応譜面どおりになぞる、というだけの印象。「陶酔的なエスプレシーヴォ」の無いマーラーやワーグナーは「致命的」なものと言ってよい。
誤解してほしくないのは、これは氏への全否定ということではもちろんない。どの指揮者(演奏家)にも得手不得手はあるのは当然で、
カラヤンにしてもフルトヴェングラーにしてその点は例外ではない。
若杉氏もあれだけ著名な指揮者となっているのだから、得意な作曲家のものはきっと良い演奏をするのだろう。
音楽の難しく、またおもいろい点である。

(cf)小澤さんの録音でいいな、と思うのはウィーンフィルとのドボルザークの8番、パリ管とのチャイコフスキーの4番。他にも少しはあるだろうけど、あまり思い浮かばない。

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