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2006年7月26日 (水)

霜は軍営に満ちて 今日のテレビ番組から

TBSの「ドリーム・プレス」を見た。
黒柳徹子さんと安住アナの司会。
第一部は1993年に亡くなられたアナウンサー逸見政孝さん
について。あのときの会見は誰もよく覚えているだろう。
3ヶ月後の逝去された1993年12月というのは、
不謹慎かもしれないが、競馬の有馬記念で
トウカイテイオーとビワハヤヒデの一騎打ちがあったので、
一層記憶が鮮やかだ。
競馬はG1レースをテレビで見るくらいで、最近はそれすら
めったにないが、当時は結構ハマッていた。
享楽のニュースと、悼まれる病死のニュースが相次いで
駆け巡った年の瀬だったと記憶する。

第二部は本田美奈子さん特集。
彼女についてはだいぶ書いたので、今回は控えめにしよう。
それにしても、南野陽子さんという大親友、温かく接してくれた
早見優さんや岩崎宏美さん、岸谷五朗さんら、多くの先輩の歌手、
俳優たちがいてくれたことが唯一の救いか。

美奈子さんの朝霞のご自宅は、私の両親が住む実家から
歩いて10分もかからないくらいのところにある。
妹夫婦のところからは5分くらいのはずだ。
美奈子さんの歌声はこれからも聴き継がれていくことだろう。

先日の臼木あいさんの留学を祝う会でも、あいさんが
「美奈子版ネッスン・ドルマ」を歌ってくださった。
本当に嬉しかった。

もう一つのテレビ番組。
NHKで、「歴史の選択」という、毎週の「その時歴史は動いた」
の特番のようなもので、司会はお馴染みの松平氏。
テーマは「川中島の戦い・引き分けの謎」
NHKの大河ドラマ「天と地と」は小学校6年のときの放送で、
ちょうど歴史に興味を持ち出したころ、しかも親戚の大半が
塩尻を中心とした長野県に集中しているのだから、
その関心たるや特に強かった内容だ。
あのころ、両親や叔父たちと、川中島に車で出向き、
遠くに見える妻女山や海津城があった方角などを見て、
小学生ながら感慨にふけったものだ。

小学生の高学年から中学生時代は誰しも好奇心が増大し、
記憶力も優れる時期だろう。私はこのころ、二つの漢詩を夢中で、
あるいは自然に覚えた。今ではとても覚えられないだろうけど。

1つは、川中島の戦いを、後年、高名な江戸時代の儒学者にして
詩人、頼山陽が詠んだ「鞭静粛々」。


鞭静粛々夜過河  暁見千兵擁大牙
遺恨十年磨一剣  流星光底逸長蛇

べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる
あかつきにみる せんぺいのたいがを ようするを
いこん(なり)じゅうねん いっけんをみがき
りゅうせいこうてい ちょうだをいっす


なお、頼山陽は生没年が1780~1832年だから、
ほぼベートーヴェンと重なる。

もう1つは、上杉謙信が1577年、能登の七尾城を攻めたときに
詠んだとされるもので、やはり後年、頼山陽が「日本外史」で
紹介したことにより知られているもの。


「九月十三夜 陣中作」

霜満軍営秋気清  数行過雁月三更
越山併得能州景  遮莫家郷遠征憶

しもはぐんえいにみちて しゅうききよし
すうこうのかがん つきさんこう
えつざんあわせえたり のしゅうのけい
さもあらばあれ かきょうえんせいをおもう

あの少年時代を懐かしく思う。

富田勲さんによる「天と地と」のテーマ曲も素晴らしかった。
富田勲さんについては後日別途書きたい。

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