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2006年7月20日 (木)

新聞考

日本経済新聞が経済以外の記事で一面を飾ることは極めて珍しい。
今日のスクープは手柄だ。
靖国神社のA級戦犯合祀問題で、昭和天皇が不快感を示されて
参拝に行かなくなったというニュース。
夕刊から朝日、読売、テレビの各ニュース番組でとりあげ始めた。
皇族の意見表明、まして戦争に関する問題は大きな問題なので、
またいつかの機会としたい。

今回は、ここ数年、新聞、特に朝日と読売(特に夕刊)に感じて
いることを書いてみたい。
ひと昔前は、イメージとしては朝日が「左」(あるいは革新派的、
あるいは政治的)、読売が「右」(あるいは保守的、あるいは
享楽的)というものがあったが、そんな言葉の概念自体、
意味は無くなったのは言うまでもないし、イメージという意味でも
いつのころからか、全く両者は変わったと思う。

失礼な言い方をすれば、読売はとても「真面目」になり、
レベルも上がったと思う。視点が市民レベル的になった、
とも言える。
朝日は過去いくつかの標的(暴力的な攻撃対象)にされたような
事件の影響は無いとは思うが、なんだか自信を無くしている
ようにも思える。皇室報道での「勇み足」も含めチョンボもある。

夕刊は、最近、朝日もカラー写真が増えてきて、だいぶ巻き返して
きているが、読売のほうが「美しい」。
それと「よみうり寸評」は先述のとおり市民感覚から発言している
ので、とても共感できる文章が多い。
朝日はかつての「おかぶ」を奪われた感がする。

もちろん、朝日の強み、たとえばシリーズものはさすがに読み応え
がある。
このところも、「人脈記」として、IT、法曹界、医学会、
最近は農業等、様々な名士たちを取り上げていて
興味は尽きない。
それと、面白いというか当然というか、夕刊でも、その日によって
「今日は読売がおもしろい」「今日は朝日」と入れ替わる
(もちろん、両方つまらない日、おもしろい日、もあるが)。

もっとも、以前も書いたが、朝日新聞の投書欄に私は過去2回、
労務に関する文を掲載していただいているし、そうした市民の声を
吸収する力はまだ朝日のほうが強いような印象を受ける。
ただ、誤解を恐れず言うなら、新聞(マスコミ)は所詮新聞
(マスコミ)なのだ。
かつて何回かあったが「朝日を襲撃」するなんて、
「バッカじゃなかろうか」と思う。
新聞にそれほどの力も影響力も実は無いのだ。
(ある、とする見解の多くは幻想にすぎないと思う)
少なくとも私は「参考程度(もちろん重要な参考材料だが)」
に考えているくらいだし、そのくらいで丁度良いと思う。

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