2012年1月31日 (火)

会社法の改正案をめぐって

会社法の改正に向けて、法務省 法制審議会 会社法制部会が
 「会社法制の見直しに関する中間試案」に対して、
昨年12月14日からこの1月31日を締切りとして意見を募集
した。
今後そのいわゆる「パブリック・コメント」をどの程度踏まえる
かは別として、会社法改正に向けて具体的な改正案が
出てくると思われる。

主な点は、
「監査役(会)設置会社」における社外取締役の選任の義務付け
と、
「監査・監督委員会 設置会社制度(仮称)」の創設
の2点であるが、

その他にも、支配株主の異動を伴う第三者割当増資や株式の併合、
親子会社における多重代表訴訟を可とする制度の創設、
親子会社間での株式譲渡、特別支配株主による株式譲渡請求、
あるいは株主名簿の閲覧請求に関することなど多岐に及ぶが、

前段の2点以外は個別事案的にして実務的内容に係る要素が
強いので以下では省略し、前段の2点のみについて現状や
基本的な問題点について書いてみたい。

  続きは後日書きます。

2012年1月29日 (日)

映画 「ヒミズ」 ~ 死者に捧げるレクイエムと 生者に伝える激烈なエールと

 「君が死んだら、悲しくてこの先、やってられないよ」

少女が少年に言うこの言葉~受け止める側も、あるいは
発する側にも、場合によって濃淡が生じ、えてしてそれは
「ありきたりの」「それ自体にはそれほど重みを感じさせない
 かもしれない言葉」になりかねないその言葉を、
 園 子温 監督は徹底的にくどくどしく、ドロ臭く、愚直に
それが本当の気持であることを、
少女の思いに一点のウソが無いことを 真実であることを
実証していく。

それを証明することが、どのように困難な状況にあっても、
「あなたと私と私たちが生きていかなければいけないのだ」
ということの証明となるかのように。


人間は食べ物が無くては生きていけない。しかし、同時に
 「他者からのエール」無しでは生きていけないのだ、
ということを、この映画ほど感じさせてくれるものはない。

死者の<ための>レクイエムの演奏やチャリティ・コンサートが
一歩間違えると(ともすれば)生者の自己満足の中で終わって
しまうことになりかねないこと、あるいは「がんばれ」という
言葉やエールさえ、ともすれば難しい状況にいる人を
かえって苦しい状況へ追いやり深く傷つけることもあり得る
ということを私たちは知っている。

園 監督も、その点に大きく配慮しつつ、しかしそれでも
懸命なそれこそ命がけの「エール」を誰が何と言おうと
愚直にぶつけてくる。


古谷 実の原作漫画「ヒミズ」の映画化として撮影が開始
されて間もなく、東日本大震災が起きた。
園 監督は当初予定した脚本を全面的に書き直し、
スチュエーションを「震災後の日本」として設定した。

もしこの作品が東日本大震災の前に完成していたら、
どういう内容になったかは興味あるし、あるいは
実際の被災地の映像を取り込んだことには様々な意見も
あり得るかもしれない。

しかし、園 監督はこの現実から逃げるのではなく、
正にこの悲劇に入っていったことに大きな意味を見る。


実際、モーツァルトの「レクイエム」とともに映し出される
冒頭の映像に観客は息を呑む。

それが「真実」であることを誰もが知っているからだ。
廃墟と化した被災地を敢えて撮ることにはたぶん
園 監督自身を含めて、誰もがある種の抵抗とためらいを
感じるだろう。
しかし、これをあらためて我々の目の前に提示する意味は
大きい。
それはラストでもそうだ。
映像の中のある家は、スタッフの実家を使ったとのことで、
 「どんどん片付けられて忘れ去られて行く前に映画に
  撮って記録として残してもらいことに意味がある、と
  そのスタッフから言われほっとした」
と語っている。

「それまでと変わらないまま何事もなかったかのように
 映画を撮り続けることはできなかった。どんなことをしても、
 震災を映画の中にとりこまなければいけないと思った。
 日本は海外と違って、現在進行形の問題を映画化する
 ことに慣れていなかったので、もちろん不安はあったが、
 観客にどう思われても絶対にやらなければいけないこと
 だと思った」

と語っている。


園 作品の中では、女性が100%どころか200%の情感が
滾(たぎ)るように奔流し、激高し、その演技自体に
強い感銘を受けるのだが、この作品ではそれが女性という
より、中学生である少女に継がれている。
 
この映画は、少年と少女が主役であることが全てを語っている。
それは渡辺 哲 演じる夜野が
 「少年少女にこそ「未来」がある」
と吐露するシーンを引用するまでもない。


中学生 住田祐一 役の染谷将太がいい。

そして何よりも同級生 茶沢景子を演じた二階堂ふみ がいい。
文句なしにいい。

彼女が泣いて「スミダ、スミダ」と鼓舞し励ましていく中、
しだいに観客も心の中で彼女といっしょに泣いていくことになる
ことに気付く。


終わりに近づいたころ、一度少女の問いかけに
 (優しさから)ウソをついた内容について、
今度は少年が真実を告げるシーンがある。
父親にしたことの真実を語り、
少女は泣きながら1つ1つうなずいていく。

全てを受け入れ、泣きながら「ウン」、「ウン」と
応えていくシーンがいい。
この映画の最も美しいシーンだ。

少女はその前に彼が自分のためにウソをついてくれたときも、
真実がなにであるか知っていたのだろう。
 映画史に残るほどの美しいシーンだ。


人は、100% 人を信じてその人を応援することなど
 できるだろうか?
純粋に一途に愚直に応援すること、それができる少女を
中心に置いた映画としての価値は大きいし、
彼女のエールは観衆の心にまっすぐに届く。

作品として弱点はある。
音楽に関して言えば、冒頭からほぼ終始、モーツァルトの
「レクイエム」が流れ、それはときに奇妙にアレンジされて
多くの場面で使われているのだが、ちょっと使い過ぎと
言えなくはない。
そしてラストはバーバーの「弦楽のためのアダージョ」と書くと、
やや「ありきたり」の印象を受けるだろう。
ただし失敗はしていない。成功しているとも言い難いけれど。

それよりも、何度も使われる不安心理を表すゴーンという
不気味な音は、なるほど最初は不気味で効果的だが、
あまりにも頻繁に使用されているので、
次第に陳腐感が増してしまい、巧い使い方とは言えない。


若い熱演の2人を、今や園 作品にかかせない俳優陣である
神楽坂 恵、吹越 満、でんでん、黒沢あすか らが
脇をしっかり固める。今回は窪塚洋介も加わった。

少年と少女、二人にいつも優しく接しる「ご近所」たちの
渡辺 哲、神楽坂 恵、吹越 満たちがいい。

ここに出で来る徹底的に善き人たちの設定は重要だ。
2人の未来ある若者と、先は知れているかもしれないが
懸命に生き、何よりも若い2人を励まし、語りかけ、
心配する周辺の人々こそ重要なのだ。

困難な状況だからこそ生じたものなのか、もともと
そういう人たちで、そういう人たちとの関係性として
考えるかは観客に委ねられる。


また、少年が父親と対峙し、その結果の事実は別として、
すなわち他者が彼の周辺にいたときは全て
彼に罪を犯させまいとして描いた点は重要である。

生きていかねばならない者が他者の命を軽んじては
ならない。犯した罪は償わなければならない、
とする法的という以前に人間の根源的な倫理観を
基盤に置いたことも、この映画の価値を高めているのだ。


ヴェネチア国際映画祭で上映された際、エンドロールが
終わったとき、静まり返った満員の場内からしだいに拍手が
起き、スタンディングオベーションに変わっていったとき、
 「スミダ、ガンバレ!」、「スミダ、ガンバレ!」
と日本語の呼応が会場一杯に響き渡ったという事実こそ真実だ。

このラストシーンに打ちのめされ、深い感銘の中で観衆は沈黙
するが、同時にその異様なまでの激烈なエールに激しく同意し、
奮(ふる)い立たされる自分を感じる観客と化す。

そう、少女が「頑張れ、住田」「住田、ガンバレ!」と叫ぶ声に、
観衆の誰もがいっしょに感じているのだ。

 「住田」は他者であり、
 「住田は自分でもあるのだ」、と。

この愚直なエンディングの持つインパクトは強い。

園 監督の最高傑作に立ち会えた感銘だけでなく、
日本映画の歴史に提示した作品の持つ意味はとてつもなく大きい。

邦画史上、最も特異で印象的で震えるような強い感銘を受ける
作品に出会えた喜びに満たされる。

2012年1月28日 (土)

FAF管弦楽団 第42回定期演奏会

2012年1月26日 (木)

愛情を込めて ~ 「バーカ」

マルタ・アルゲリッチのような大ピアニストでも、若いころから
演奏会本番前になると、相当ナーヴァスになるということは
知っているし、多かれ少なかれクラシックに限らず舞台に
出る人~和田アキ子さんですら~は出るまでは緊張する
だろうし、悪い意味で「あがって」はダメだが、
良い意味での適度な緊張が全くないのもたぶんそれはそれで
パフォーマンスに良い結果は生じないとも想像できる。

最近、あるデリケートな若いアーティスト(あえて性別や
専門分野は伏せる)と、ケンカというわけではないが、
ある種の感情的な(と言ってもこちらの勝手で一方的な感情に
よるもので)ギクシャク感を経験したのだが、
もともと私が尊敬し大好きなアーティストだから、
ようやく最近収まってホッとしたところだ。

やりとりの中で、私もちょっとムキになって約1年前に
相談(と思った)された深刻な内容について、こちらから
「蒸し返し」てみた。

それはあれほど才能豊かで、実際年齢の割にはその業界でも
例外的に認められ恵まれた状況の一人にもかかわらず、
 「自分に自信がない。やめてしまおうかと思うこともしばしば」
と、いちファンにすぎない私に私信が届いたので、本当に驚き、
どうしたら勇気づけ、自信をもってもらおうかと真剣に考えて
それなりに伝えたつもりだった。

ところが、今回、それは相談ではなく、むしろ
 「自分にはそうした弱さがある」という「お知らせ」であり、
別に私だけにではなく、言ってみれば家族を含めた周辺の
誰彼かまわず、演奏会が近づくとそうした不安を口にする
 「口癖」がある、ということ(に過ぎなかったの)だと知った
のだった。

私はさすがに半分激怒し、半分ホッと安心し、
いつもは年下ながら敬意を込めて敬語で話すその人あての
メールにタイトルとして、

 「口癖かよ」

として、

「口癖」とはヒドいんじゃないですか? どれだけ心配したか。
 その「口癖」は悪質だから直したほうがいいですよ」
として、最後にこう書いた。

  「口癖で周りを心配させるんじゃねーよ、バー 」

もちろん、バーで止めておいた。

ずっと年下とはいえ、
なんせ尊敬する大好きなアーティストだから。

本当は「お前なんか嫌いだ」と(もちろんウソだけど)
啖呵(たんか)を切りたいところだが、「ケンカ」の修復も込めて、
「これからもずっとファンです。好きです」と書いてしまった。
どこまでも「お人よし」な私。


そういえば、全く別件、別人だが、今、別の会社で
人事採用担当をしている美人社員とたまにフェイスブックで
やりとりをすることがあるが、
先日はその機能の個人あてメッセを通じて「元気?」と
出しておいたのに、1ヵ月も経ってから返事が来たので、
おもわず書いた。

  「遅せーよ、バー あっ、なんでもありません。
              お元気そうで何よりです」

2012年1月15日 (日)

だから「インサイダー取引」は絶対バレるって  拝啓 経産省お偉いお役人さん

拝啓 松山ケンイチ 殿

1月15日放送の第2回では、相変わらず荒削りの演技
ではあったけど、熱い思いが伝わる好演だったと思う。

先週書いた答えは出た。 今年はこれを見ていこう。

2012年1月 8日 (日)

吹石一恵さんが良かった~「平 清盛」 第1回

昨年のNHK大河ドラマはほとんど見なかった。
キャスティングがあまり気に入らなかったし、ストーリーも
予告の範囲でさえ、なんだか「ガキっぽさ」が透けて見えて
きたので敬遠してしまった。

実際、評判が悪かったようだ。いわく、
「<のだめ>じゃあるまいし」というギャグ性が過ぎる点や、
いくら気の強い女性だったにしても「軍議の席にヅカヅカと
しゃしゃり出て意見を言うなんてあり得ない」という時代考証
の面に関する批判はたくさん見聞きした。


それはともかく、今年の「平 清盛」も継続して見て行くかは
まだ判らない。

松山ケンイチ氏が女性に人気があることは知っているが
私はあまり好きではない。

女性からすると「野生っぽいところがカッコイイ」らしいのだが、
私の心象だと野性的というよりは「ぶよっ」とした肥満児に
見えてしまい、「もっとキリッとした顔がいい」と言いたくなって
しまう。
何よりも、「ニヤケた表情」を見ていると「甘ったるさ」を感じて
しまうのだ。

演技もうまいとは思わない。
私は彼が出た映画は多分ほとんど全て観てきているのだが、
演技がうまいと思った作品はこれまで1つもないからだ。

まあ、それでも「カムイ外伝」で共演した8歳年上の小雪さんを
振り向かせたのだから、女性からすると魅力があるのだろう。

そうそう、5日に小雪さんは無事男の子を出産したらしい。
それはめでたい。


さて、「平 清盛」の初回では、白拍子の舞子役を演じた
吹石一恵さんの入魂の演技に魅せられた。

これまで脇役とはいえ幾つかの映画での演技は少しは
見てきたが、こんなにうまい人とは知らなかった。

知っている女優なのに、「この人、誰?」と思ったくらいだ。

今回だけではもったいないくらいだ。
「この人こそこれからもっと見たいのに」と思わせるくらい
良かった。
彼女を起用したキャスティング陣の勝利と言えよう。

そういえば、「篤姫」で滝山を演じた稲森いずみさんとか、
NHKの大河では、それまでのトレンディドラマでの
「ほわん」としたイメージだった女性を出演させ、
イメージ一新の「キリッ」とした演技によって新しい印象
による驚きと喜びを感じさせてくれることがたまにある。
今回の吹石一恵さんもその良い例だ。


松田聖子さんもなかなか良かった。
「表情がちゃんと女優をしていた」。

清盛の子供時代を演じた子役もうまかった。
うまい子役がたくさんいる時代でもある。

さて、松山ケンイチ氏は期待に応えてくれるかどうか。
それにより継続して観るか観ないかを決めたい。

2012年1月 7日 (土)

林 光 さんを悼む 「原爆小景」は永遠に不滅

2012年1月 5日 (木)

ミュンヘンの奇跡~松平康隆監督を悼む

1972年の夏のミュンヘン五輪。
1964年の東京大会でも銅メダルをとっていたにもかかわらず、
「東洋の魔女」の女子チーム優勝だけが報じられ、
「怒りをモチベーションに換えていた」松平康隆監督 率いる
男子チームは、準決勝でブルガリアと戦っていた。

早々にセットを2つとられ、このままでは金メダルどころか、
3位だって危うい状況。
第3セットも4点先取されたが、しかし ここからが
「怒涛の逆転劇の開始」だった。

同大会でそれまでずっとベンチに置いておいた
最年長31歳の南選手と30歳の中村選手を投入。

そのセットを勝ってから、あとの2セットも勝利。
3時間半に及ぶ死闘を制した。
そして後日の決勝戦で東ドイツに勝って見事優勝したのだった。

中学生だった私は、その準決勝戦である対ブルガリア戦を
テレビでライブ放送で見ていた。
あのときの驚きと興奮は今も鮮明に覚えてる。
私のバレーボール大好き人生はあのときから始まったのだ。

その松平さんが81歳亡くなった。
心からご冥福をお祈りします。

2012年1月 3日 (火)

第55回 NHKニューイヤーオペラコンサート

2007年の第50回から連続で会場であるNHKホールで
観、聴いているので今回が6回目。

今回は冒頭からエンディングに至るまで合唱の場面
 ~ソリストを交えて~がとても多かったこともあり、
また個々の歌唱に出来不出来のムラがほとんど無かった
という点で、あるいは演目的に、あるいは「トリ」を
藤村実穂子さんが深い余韻をもってビシッとキメてくれた
という点で、一番印象的な同コンサートだったかもしれない。

皆さん良かったが、まず最初に特に印象的な人を列記したい。

ベスト3は

妻屋秀和さんのハンス・ザックスと合唱
    ~「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
藤村実穂子さんのデリラ
    ~「サムソンとデリラ」
中嶋彰子さんのムゼッタと合唱。特に児童合唱
    ~「ラ・ボエーム」

それに次いでは

腰越満美さんの つう
    ~「夕鶴」
幸田浩子さんのクネゴンデ
    ~「キャンディード」
清水華澄さんのサントゥッサと合唱
    ~「カヴァレリア・ルスティカーナ」


出演者(敬称略)と曲目

下野竜也 指揮、東京フィルハーモニー管弦楽団

合唱は、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、
      藤原歌劇団合唱部、NHK東京児童合唱団

合唱の指揮指導=冨平恭平


曲目(演目)

1.ワーグナー 歌劇「タンホイザー」から巡礼の合唱
    “ふるさとよ、また見る野山” (混声合唱)

2.プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」から
    “誰も寝てはならぬ”
     福井 敬 (テノール)&女声合唱

3.ヴェルディ 歌劇「トロヴァトーレ」から
    “見よ、恐ろしい火を”
     村上敏明 (テノール)&男声合唱

4.ヴェルディ 歌劇「椿姫」から
    “ああ、そはかの人か~花から花へ”
     森 麻季 (ソプラノ)& 大槻孝志 (テノール)

5.ビゼー 歌劇「カルメン」からロマの歌
     “にぎやかな楽の調べ”
     林 美智子 (メゾ・ソプラノ)
     &フラメンコ舞踏=アルテイソレラ

6.  同   闘牛士の歌う
    “諸君の乾杯を喜んで受けよう”
     成田博之 (バリトン)&混声合唱

7.團 伊玖磨 歌劇「夕鶴」から
    “与ひょう、あたしの大事な与ひょう”
     腰越満美 (ソプラノ)

8.プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」から“ある晴れた日に”
     木下美穂子 (ソプラノ)

9.プッチーニ 歌劇「ラ・ボエーム」から“冷たい手を”
     望月哲也 (テノール)

10. 同  “私が町を歩くと(ムゼッタのワルツ)”
         ~第2幕フィナーレ
     中嶋彰子 (ソプラノ)
     安藤赴美子 (ソプラノ)
     須藤慎吾 (バリトン)
     斉木健詞 (バス)
     平野忠彦 (バリトン)
     望月哲也 (テノール)
     混声合唱、児童合唱


11.バレエ
   後藤晴雄(牧神) 上野水香(ニンフ)
   東京バレエ団
   音楽;ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
   振付;ニジンスキー(1912年作)
     「パンの笛」(フルート)竹山愛、
    (マラルメ作「牧神の午後」朗読)夏木マリ

12.マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から
    “復活祭の合唱“主はよみがえられた”
     清水華澄 (メゾ・ソプラノ)&混声合唱

13.バーンスタイン 「キャンディード」から
    “着飾ってきらびやかに”
     幸田浩子 (ソプラノ)

14.プッチーニ 歌劇「トスカ」から“たえなる調和”
     樋口達哉 (テノール)

15. 同  “テ・デウム”
     堀内康雄 (バリトン)
     大槻孝志 (テノール)

16.ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
    から“親方たちをさげすんではならぬ”
     妻屋秀和 (バス)&混声合唱

17.サン・サーンス 歌劇「サムソンとデリラ」から
    “あなたの声に心は開く”
     藤村実穂子 (メゾ・ソプラノ)


エンディング~バーンスタイン 「キャンディード」から
   “メイク・アワ・ガーデン・グロウ”
     歌手および合唱全員


個々の感想

1.ア・カペラ(部分の)合唱での開始という演出が良い。

2.福井 敬さん得意の曲で、何度も聴いている。
  昨年より良かった。というか、
  福井さんとしては当然のデキ(内容)

3.中間部とラストの高音が輝かしくて良かった。

4.森 麻季さんは声量は弱いが、高音でのキメと
  流麗な技術でキメたが、福井さん同様、
  麻季さんとしては当然のデキ(内容)

5.林さんは気のせいか、ご出産後、あまり良い声が
  出ていないように思えてならない。

6.成田さんはまあまあのデキ。
  というか、バリトンならあのくらい歌えて当たり前。

7.とても良かった。
  ヴィブラートは結構かかっているのだが、よくありがちな、
  それにより日本語が不明瞭になるということがなく、
  とても良い日本語の響。
  他の人のときに比べてブラヴォーが少なかったのは、
  この曲をよく知らない人が多いためなのかどうかは判らない。

8.良かったが、やはり木下さんならこのくらいは歌えるだろう、
  という意味では当然のデキ。

  指揮者に関して一言。
  木下さんがテンポを動かしたがっている(少し前に
  行きたがっている)ように感じた場面があったのだが、
  指揮者は完全にオケをコントロールすることのみに重点を
  置いていた。
  オペラをたくさん振っている指揮者だったら、そういうところ
  では直ぐに「歌手に付ける」ことをするだろうになあ、
  と想像しながら聴いた。


9.やや教科書的というか、ディクションで、あるいは
  歌い回しの技術で聴かせようとしているとことが
  見えてしまって、初々しい恋の喜びというものは
  感じられなかった。
  
  それと、これを歌わせるのなら、続く、「私の名はミミ」を
  安藤さんに歌わせてあげて欲しかった。
  次の10のワンオブ的な場面だけでは安藤さんが可哀そうだし
  聴衆としても残念だった。
  こういうところは今回の(ごく少ない)不満なところ。


10.中嶋彰子さんは声といい外見(キャラ)といい、
   ムゼッタは「はまり役」に思う。とても魅力的。

   そして合唱、特に児童合唱であるNHK東京児童合唱団が
   発音も声も音程も全て素晴らかった。出色の児童合唱。
    児童合唱の指導者は金田典子氏。


11.後藤晴雄さんが主役。
   ニジンスキーの演出から100年とのことだが、
   中性の神秘感と淡いエロティシズムがあって魅力的。
   ただ、上野水香さんをもっと主役的に観たかったのだが、
   こういう演出なら いたしかたない。
   夏木マリさんの朗読はなんだか、「悪魔くん」の
   「お婆の呪文」を連想して可笑しかった。

   指揮者に一言。
   美しいドビュッシーではあったが、いくらなんでも
   「熱が無さ過ぎる」と思う。
   このわずか10分に満たないがしかし音楽史における
   モニュメント的な偉大な曲は、確かに静謐さと神秘さを
   湛(たた)えてはいるが、しかし深いところで実は
   「熱い」ものだって絶対に存在する曲だと思うが、
   そういう点の表現には全く興味の無い人に思えた。


12.初出場のご祝儀票も含めるが、でも清水華澄さんは
   声量があり、合唱が主な場面(重なる部分が多い部分)
   での出番で、やや気の毒だったが、実力があることは
   示せたと思う。合唱も良かった。

13.さすが、もうベテランの域にある幸田さん。
   声がどうというより、こういうキャラを存分に演じ、
   歌いきれるところが素晴らしい。
   エンディングの声の伸びも良かった。

14.樋口さんはバリトンに近いような温厚なテノールの声で、
   ハデさは無いのだが、それゆえか、また外見的な面も
   含めてだろうが、女性にとても人気がある。
   この日も、他の歌手に対してはほとんど全て「男性主導に
   よるブラヴォー」 (3人~4人くらいの声が特に聞こえて
   きたが) だったのに対して、樋口さんだけは
   「ブラヴォーの第一声が女性だった」のが面白く、
   実際、そのことに対しても(温かな)笑いが場内に起きた
   ほどだった。

15.堀内さんのスカルピアと合唱が良かった。

16.妻屋秀和さんは本当に素晴らしい。
   これぞ「ドイツの歌劇場で通じた声」だ。
   マイスタージンガーのエンディングを生で久しぶりに
   聴けたこと自体もとても嬉しかった。

17.藤村実穂子さんも「流石(さすが)」。
   フランスの曲とはいえ、バイロイト音楽祭の常連として
   キャリアを積んでいるだけのことがある。
   基礎力がしっかりしているのだろうけれど、
   それを基盤した「深い声」。
   この美しく偉大なアリアを、気品に満ち内面の感動を
   秘めた歌唱を披露し、聴衆を魅了した。


エンディングが素晴らかった。
毎度のシャンパン大騒ぎ曲もいいけど、こういう感動を讃えた曲
で締めくくられると、ただただ音楽の素晴らしさ、歌、合唱、
生きていることの素晴らしさに感謝しないではいられなくなる。

かつてないほど素晴らしいエンディグだった。


指揮者の下野氏は全体としてはうまくまとめていたと思うが、
8と11で書いたように、私にはいささか表面的、教科書的な
指揮に過ぎる感じがして、
「オペラティックなエンタ性は無い人」に思えた。

合唱はとても良く、冨平氏の指導による貢献度合いが
高かった点はぜひ言及しておきたい。


終演後=生放送の終了後、こんなにも
 「お客さんが席を立とうとしないニューイヤーオペラは
  記憶が無いほど」で、
それだけ聴衆は余韻を楽しんだのではないか、と想像
できる。
久々に「深いところから感じ入る感動の演奏会」だったと
思う。

2012年1月 2日 (月)

年の初めは さだまさし 「風に立つライオン」 お薦めURL付き~with 佐渡さん指揮のオケ

大阪市中央体育館で、さださんがライブを行った後に、
番組が入って引き継ぐのは昨年と同じ。

 とうとう「風に立つライオン」を生で聴いた。
この曲を初めて知ったのはもうずっと前、17年くらい前
だったと思うが、大きな衝撃と感動を覚えた。

語りのような歌い。
とても長い曲が、歌詞の冒頭から最後まで、
全てのフレーズにおいて、それぞれの情景が直ぐに浮かび、
そしてそれがどういう種類の手紙なのか、誰から誰に、いや、
どういう状況の人からどういう状況の人に宛てたものなのか、
ということも少しずつ判っていき、
最後には決定的にそれを「知る」ことになるのだが、
その構成自体においても、非常に強いインパクト、
深い感動を覚える名品だと思う。


      「風に立つライオン」

突然の手紙には驚いたけど嬉しかった

何より君が僕を怨んでいなかったということが

これから此処で過ごす僕の毎日の大切なよりどころになリます

ありがとう ありがとう


ナイロビで迎える三度目の四月が来て今更

千鳥ヶ淵で昔 君と見た夜桜が恋しくて

故郷ではなく 東京の桜が恋しいということが

自分でもおかしい位です おかしい位です


三年の間あちらこちらを廻り

その感動を君と分けたいと思ったことが沢山ありました

ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが

一斉に翔び発つ時 暗くなる空や

キリマンジャロの白い雪 草原の象のシルエット

何より 僕の患者たちの 瞳の美しさ


この偉大な自然の中で病いと向かい合えば

神様について ヒトについて 考えるものですね

やはり僕たちの国は残念だけれど

何か大切な処で道を間違えたようですね


去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました

こんな処にもサンタクロースはやって来ます 去年は僕でした

闇の中ではじける彼等の祈りと激しいリズム

南十字星 満天の星 そして天の川


診療所に集まる人々は病気だけれど

少なくとも心は僕よリ健康なのですよ

僕はやはリ来てよかったと思っています

辛くないと言えば嘘になるけど しあわせです

あなたや日本を捨てた訳ではなく

僕は「現在(いま)」を生きることに思い上がリたくないのです


空を切り裂いて落下する滝のように

僕はよどみない生命を生きたい

キリマンジャロの白い雪 それを支える紺碧の空

僕は風に向かって立つライオンでありたい


くれぐれも皆さんによろしく伝えて下さい

最后になりましたが あなたの幸福を

心から遠くから いつも祈っています

おめでとう  さようなら


以上のとおり、とても良い詩だ。聴いているとき、
心が大空に、いや宇宙に拡がっていく気がするし、
最後の部分では、状況を全て理解した瞬間、感涙を禁じ得ない。

きっとこの詩には、実在のモデルがいるに違いない、と思う。
実際、ある医師に対して、あるとき、
さださんはこうたずねたという。
「ナイロビでは、南十字星は見えますか?」と。


追記;お薦めURL
2011.9.30 さださん&佐渡裕さん指揮
             兵庫県立芸術文化センターオケ
  編曲=渡辺俊幸
http://www.youtube.com/watch?v=ed_0SIY7Ojc


さて、番組に戻る。

番組の終わり近く、さださんと仲の良い
指揮者の佐渡裕さんがフルートを持って参加。
小編成の弦を交え、佐渡さんは部分的にフルートで
伴奏しつつ、さださんと「案山子(かかし)」を歌った。

この曲も素敵な作品。
これも歌詞から、どういう状況の人からどういう状況の人に
宛てたものなのか、直ぐに判る、という作品だ。


      「案山子」

元気でいるか 街には慣れたか

友達出来たか

寂しかないか お金はあるか

今度いつ帰る


城跡から見下せば蒼く細い河

橋のたもとに造り酒屋のレンガ煙突

この町を綿菓子に染め抜いた雪が

消えればお前がここを出てから

初めての春


手紙が無理なら 電話でもいい

“金頼む”の一言でもいい

お前の笑顔を待ちわびる

おふくろに聴かせてやってくれ


元気でいるか 街には慣れたか

友達出来たか

寂しかないか お金はあるか

今度いつ帰る


山の麓 煙吐いて列車が走る

凩が雑木林を転げ落ちて来る

銀色の毛布つけた田圃にぽつり

置き去られて雪をかぶった

案山子がひとり

お前も都会の雪景色の中で

丁度 あの案山子の様に

寂しい思いしてはいないか

体をこわしてはいないか

手紙が無理なら 電話でもいい

“金頼む”の一言でもいい

お前の笑顔を待ちわびる

おふくろに聴かせてやってくれ

元気でいるか 街には慣れたか

友達出来たか

寂しかないか お金はあるか

今度いつ帰る

2012年1月 1日 (日)

新聞5紙を読む~原発に関しては朝日と読売が社説で正反対の立場を鮮明にしているが、読売の内容はあまりにもヒドイ

昨年同様、今年も元旦の新聞5紙を読んだ。

     日本経済新聞

1.本紙第一面
 本紙第一面は「開かれる知 つながる力」としている。
 ちょっと読み取り難い内容だが、世界の様々な問題に対して、
 情報を共有していくことで解決に向かう、ということに思えた。

2.社説
 社説のタイトルは「資本主義を進化させるために」という
 何だかよく解らないものだが、内容は割と面白く、
 清沢 冽(きよし)が1929年10月18日(世界恐慌
 ~暗黒の木曜日の6日前)に書いている文に
  「日本はもう進むだけ進んだのではないか。今後注意
   すべきは中国ではないか」
 とまるでこんにちの状況のようなことを書いていることを
 紹介した後、
 「悲観することはない。変化の芽は出ている。
  東日本大震災がきっかけとなり、社会の絆や連帯が再認識
  されて、横でつながる意識の芽生えは社会を変える可能性
  をひめる」とし、最後にもう一度、清沢の文を紹介している。

  「日本が再出発するためには国家の目標を高く掲ぐるを
  要する。国家の目標とは(一部中略)世界を家とし、
  世界に友を求めることである」

3。別刷よりも本紙の中の特集が良かった
 別刷りはあまり良いものが無かったが、本紙の中、
 「2012 新年に考える」と題して、13ページから37ページ
 まで(広告ページ計10ページを除いて)計14ページの量を
 割いて各ページごとに特集を組んでいて、注目に値する。

 ①「希望を胸に 前へ」で概論を、
 ②「復興 苦難越え」で、東北被災地の農業漁業に回復状況の
           地域差の問題、特区と産業育成、必要経費
 ③「原発 どう道筋」では、今後の原発対応問題、
 ④「普天間 どう動くか」では、打開の2つのシナリオと展望
 ⑤「TPP 正念場」では、2つのシナリオと展望
 ⑥「南シナ海 緊迫」では、中国の海洋権拡大問題、
            2つのシナリオと展望
 ⑦「米中の溝 深く」では、TPP問題をめぐり
 ⑧「バイオの底力」では、新型万能細胞(「iPS」)の実用化
             等、バイオ関連
 ⑨「攻めのM&A」では、日本企業によるM&Aが
          昨年比57%増加。2つのシナリオと展望
 ⑩「外向く製造業」では、円高と海外への生産拠点移転問題、
          海外案件投資。2つのシナリオと展望
 ⑪「消費 エコ追及」では、エコ消費…二酸化炭素抑制につながる
            商品やサービスを優先する購買行動、
            2つのシナリオと展望
 ⑫「金 高騰の先は」では、昨年の金の高騰、
                 2つのシナリオと展望
 ⑬「音楽 復権狙え」では、CD減少と配信への移行、
               ライブの好調さ。2つのシナリオと展望
 ⑭「学校にもIT」では、最新機器の普及と財源問題。
               2つのシナリオと展望
 ⑮「金メダル何個?」では、スポーツ、五輪特集


      朝日新聞

1.本紙第一面
  本紙第一面は「安全委に8500万円」としたもの。

2.社説
  社説は「ポスト成長の年明け~すべて将来世代のために」として
  ブータンの「GNH」に日本人も関心を持ち出しているが、
  巨額の財政赤字の問題も避けてとおれない、として、
  増税もやむを得ないとしている点は(異論、反論はあるにしても)
  「割りと思いっ切って踏み込んでいる」点でなかなか
  興味深かったし、

  「何万年もの後代まで核のゴミを残す原発は、できるだけ
   早くゼロにする」と脱原発を明言している点は評価できる。

3.別刷
 別刷が意外なほど充実した。(本紙が第一部で)
 (1)第二部「テレビ・ラジオ」として、満島ひかりさんの大きな写真
   「いま、逆境の女性役といえば、この人に尽きる」と開始する
   文で、BSプレミアムのTV番組「開拓者たち」ほか、
   4人の俳優の座談会、仲大達矢氏と倉本聡氏の対談を含む、
   広告のページを含めて実に40ページにおよぶ異例なほど
  分厚い別刷だ。

 (2)第三部「五輪」として、そのままロンドン五輪特集。
  しかし実はそれらよりも、

 (3)「広告特集」として、
   「僕らの希望~美しい日本の自然が教えてくれるもの」として、
   人気グループの「嵐」の5人が、1人ずつ以下の各地を紹介する
   内容が良かった。
   ①「三春滝桜」、②「ヒメボタルの森」、③「小笠原諸島」、
   ④「四万十川」、⑤「白神山地」


       東京新聞

1.本紙第一面
 本紙第一面は「雨にもマケズ」3.11から、として
  「避難所のボランティア」について

2.社説
 社説は「民の力を今、活かそう」として、昨年の事象~海外と
 国内の状況、後者では原発デモや大阪の「維新の会」にも
 触れながら、マスメディアとしての自戒、自覚が書かれていた。

3.別刷
 別刷では特に子供向けというかたちで「新聞で学ぼう」、
 「明るい未来 みんあで」など、楽しめるかたちで、
 「どこでも発電 もっと省エネ」や「防災すごろく」という
 面白いものもあった。


       毎日新聞

1.本紙第一面
 本紙第一面は「核燃 直接処分 コスト隠蔽」

2.社説
 社説は「問題解決できる政治を」として、
 「政治という仕事は、情熱と判断力の両面を使いながら、
  堅い板に力をこめて、ゆっくりと穴を開けていくような仕事
  である」、というマックス・ウェーバーの言葉を紹介し、
 地道で具体的な策を与野党協力して進めていくべきだ、
 というオーソドックスだが正論を述べていた。

3.別刷
 別刷は昨年に続き今年も充実していて、
 ①「魁」~「エンターテインメント」大河を含むTV、映画、
   バレエ、演劇、落語等
 ②「絆」~「家族の絆」として、家族やコミュニティ
 ③「技」~「人を幸せにするテクノロジー」として宇宙開発、
   エネルギー、医療機器
 ④「兆」~「SPORT 2012」としてロンドン五輪や野球、
   ゴルフ等


       讀賣新聞

1.本紙第一面
 本紙第一面は「防衛省が対サイバー兵器」

2.社説
 原発については、読売はこれまでどおりの推進という見解の
 ままで、
 「原発の再稼働が進まないと産業の空洞化が起きる」とか、
 「原発ゼロを標榜すれば技術者の海外流出にもつながり
  かねない」など、
  非常に甘っちょろい低レベルのことが書いてあり、
  笑ってしまった。

 いや、笑えないヒドイことも書いてあった。いわく、

 「より安全な新型原発を開発し、技術提携や専門家育成の
  ノウハウと併せて原発を輸出することは、
  事故を起こした日本の信頼回復に役立つ」

 という言及は、マスメディアにおける「非人道的産業の奨励」
 に他ならず、非常に「問題」だと思う。
 同社の「非常識的見解」、「問題発言」だと思う。

3.別刷
 別刷では
 「第3部エンタメ」映画情報のほか、K-POP、
   ビートルズ結成50年ということで、「好きな3曲」を
   ミュージシャン等13人へのアンケート結果が掲載された
   いたほか、
 「第4部ふるさと新聞」「復興発 希望行き」各地の駅長ら、
 「第5部スポーツ」「五輪 主役は女でしょ」各競技の選手特集
   など。

読売の社説の、「原発輸出で、信頼回復」という説には呆れて
返す言葉も見つからないほどだ。
 「死の商人」の奨励に他ならない。
論外である。

謹賀新年

           謹賀新年

昨年の元旦、誰もあのような大震災が起こるとは
想像しなかったと思いますが、私を含めて考えてみますと
「勝手に想わなかった」にすぎず、これはどこぞの
「想定外でした」という「ガキの言い訳」と認識のレベル、
危機意識のレベルと似たり寄ったりだったかもしれない、
と自戒します。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。
今年も引き続き、お読みいただければ幸いでございます。
よろしくお願い申しあげます。

本年は、皆様にとりまして、
より良い年となりますよう元旦に祈念します。


今年は公私ともに新しいことにチャレンジしたいと
思っています。

「私」に関しては少なくとも3つあり、
1つは近々実現しますし、後の2つも順次、
夏前後に実行していこうと思います。

「公」については更に秘密と言いますか、
自分でもよく不確定要素があるので明確には
言えませんし、「私」よりももっと実現レベルは低いかも
しれませんが、それでも新しい方向にチャレンジして
いこうと思っています。


新年に被災地、被災者のより良い状況変化に対して、
単に「お祈りします」というレベルではなく、
自分ができ得る範囲で、何らかのかたちで
今後も引き続き応援していこうと思っています。

2011年12月31日 (土)

今年の最後に、最後は

お母さんを亡くした浅田真央さんが25日の全日本選手権で
優勝したシーンは率直に感動した。

翌日の朝日新聞は第1面で写真とともに
 「母に捧げる逆転V」 と書いたし、
東京新聞も第1面に写真とともに
 「母にささぐ逆転V」 と書いた。


宮城県の女川第一中学校の生徒約200人が俳句を作った。

「うらんでも うらみきれない青い海」

「キラキラと 輝く海が好きなんです」

「そばにいる 仲間がずっとそばにいる」

「一人ずつ 自分の笑顔 とりもどす」

「会いたいよ 今も変わらぬこの気持ち」

「今伝える 今まで本当にありがとう」


先般、政府が福島原発に関して「収束宣言」をしたという。
意味が解らない。収束なんかしていない。
自分の家から退避せざるを得ず、いまだ帰れていない人が
いる限り「収束した」という言葉を使うこと自体「有り得ない」。

そして、残念ながら、そういう意味では、原発の周辺に
いた人々が「3.11」以前の生活に戻ることは永久に無い。
その冷厳な事実を認識することからでない限り、
何も始まらない。


東日本大震災の2011年12月31日現在における
死者と行方不明者数を忘れるな。

  死者=15,844名

  行方不明者=3,451名

今年の「紅白」から&そのほか

今年の年末も「紅白」と「クラシックハイライト」を交互に見る
という、いつもながらの中途半端なTV鑑賞。

  「クラシックハイライト」では、

まず震災関係で、ハイティンクとベルリン・フィルによる
ベルリンでのルトスワフスキー作曲「弦楽のための追悼曲」が
終わって、聴衆を含め全員で黙とうに入るシーンが印象的。

また、ウィーン・フィル来日時、公演とは別の臨時特別の
チャリティ・コンサートで、エッシェンバッハの弾き振りで、
モーツァルト ピアノ協奏曲第23番の第2楽章、
あの美しい嬰ヘ短調の楽章の後、やはりサントリーホール
の聴衆を含めて全員での黙とうシーンも。

演奏シーンでは、リーズ・ドゥ・ラサールという女性ピアニストが
弾いたワーグナー作曲&リスト編曲による「イゾルデの愛の死」
がとても印象的。

河村尚子さんが、ヤノフスキ指揮のベルリン放送交響楽団との
共演で「皇帝」を弾いていたけど、ミスタッチが目立ったのには
少し驚いた。


  さて、「紅白」

「flumpool」というグループは初めて知ったが、
 豊島が岡女子高等の合唱を交えての「証」という曲は
 なかなか良かった。驚いた。

藤あや子さんは久しぶりに聴いたが、相変わらずの美人
 というだけでなく、溌剌(はつらつ)としていいて、
 東北に向けての立派なエールになっていたと思う。

平井 堅さんの「いとしき日々よ」は、今一番気に入っている曲
 の1つ。しょっちゅうCDで聴いている。
 ア・カペラで曲の後半のさびフレーズから歌い出したのが
 印象的。

椎名林檎さんの「カーネーション」と、
秋川雅史&夏川りみさんによる「あすという日が」のときは
他番組を見ていて見逃してしまったので、後日再放送で
見ることにする。

「嵐」が良かった。
 桜井 翔さんがピアノが弾けるとはやや意外だったし~そして、
 そのピアノは被災して泥まみれになり大きく破損したものを
 修繕したもの~、大きなエールの輪を感じさせるステージで
 とても良かった。

平原綾香さんの「おひさま~大切なあなた」。いい曲。
 そういえば、井上真央さん主演の朝ドラ「おひさま」は
 評判がとても良かった。
 何よりも真央さんの笑顔~屈託の無いピュアな笑顔が素敵
 だったし、この「紅白」の紅組司会者抜擢(選出)は正解
 だと思う。

西田敏行さんが歌った「あの街に生まれて」。
 西田さんが「相当にうまい」ことは知っていたけれど、
 ここまでうまい、こんなに自然に歌える人とは知らなかった。
 声も良い。郷土への愛という思いがもちろん伝わったし、
 それだけではなく、純粋にシンガーとしても良い歌手だと
 思う。

絢香さん、2年ぶりの復帰。良かった。


長渕 剛さん。
 被災地から、まず子供たちへの語りかけ、メッセージという
 かたちで開始したことがとても印象的。
 そしてこの日のために書き下ろした「ひとつ」も、
 優しい呼びかけという点で、これまでの長渕さんの作品とは
 少しイメージが異なるけれど、それだけに強いメッセージ性が
 込められていた。
 とても素晴らしかった。

松田聖子さんと神田沙也加さん。
 考えてみると、離婚した夫の姓を娘がそのまま名乗っている
 のだ。理由や事情はもちろん知らない。
 デュエットを見て、聞いていると、
 「母娘の勝利。男が入って行けない世界」ということを感じた。


文句なく楽しめたのは坂本冬美さんの「夜桜お七」。
 これはもう彼女の独壇場の世界。

他ライブ会場からの福山雅治さんなどが
 なかなか良かった。


松任谷由実さんの「春よ、来い」。
 大好きな曲。聴くたびに感動する。
 今回は 「みんなの」、と今回、冠している。
 ユーミンがなんだか感極まったまま歌っていることに
 感動とともに、大丈夫かな?ちゃんと歌えるのかなあ、
 と少し不安を感じもしたが、会場の彼女を囲む回りの
 人々同様、「ユーミンが紅白で歌っている」こと自体に
 深い感慨を覚えた。

「紅」組のトリは石川さゆりさんによる「津軽海峡・冬景色」。
 これまでこの曲がここまでグサリと胸に入ってきたことは
 無かったかもしれない。なぜだろう?
 東北方面へのいわく言い難い今回の特別な状況からか、
 さゆりさんの絶唱とも言うべき歌いのためか。
 たぶん両方だろうと思う。
 ラストに相応しい歌だった。


その後の「スマップ」は会場全体を使ってのパフォーマンスは
 ともかく、歌自体はお話にならないくらいヘタなので、
 ラストに持ってくるのは今回が最後にして欲しいと思う。


紅組司会の井上真央さんは落ち着いていてとても良かった。
紅組ラスト(トリ)の石川さゆりさんを紹介するときのMCなんて
本当に感動した。

「嵐」も良かった。
やはり最後のスマップを紹介する前フリでのMCは
とても良かった。

前後するが、録画出演のレディー・ガガさんも魅力的だった。


今回は両軍良かったが、「白」ばかり続くので、
「赤」に勝たせたいと思ったが、そうなって良かった。

井上真央さん万歳。抱きしめたいほど可愛らしい。
 「歌は生きる希望だな、と思いました」
とのコメントがまた素晴らしかった。


 東急ジルベスター

さて、テレビ東京の東急ジルベスターコンサートは
毎年の大江麻理子さんの司会ではなかったのは残念。
カウント・ダウンも珍しく合わなかった。
曲=「ボレロ」が午前0時になる3秒くらい手前で(先に)
終わってしまったのだ。
でも、幸田浩子さんが出演されていたので良かった。
とても素敵。

吉本隆明という共同幻想観念の終焉

単語や語句、表現などがすごく難しいけど理解できる文
というものもあれば、使っている語彙などは平明にも
かかわらず何を言ってるのか解らない言葉、というものがある。

かつて、故・丸山眞男氏とともに、あるいは学生紛争時代
においては丸山氏よりもオピニオン・リーダーであった
吉本隆明氏は正に後者だ。

全共闘時代に著書により拡がった「擬制(の終焉)」とか
「自立の思想」とか「共同幻想論」にしても、その中身は、
観念論に対抗しているようで最も非現実的な観点論に
堕ち込んでいると言える。

この人が、一時期、丸山眞男よりも人気があったとは
全く信じ難いことで理解に苦しむ。


その吉本隆明氏が、新聞や週刊誌などで、反(脱)原発に対して
批判している。
もともと、昔から「反核・反原爆を言う人達を批判してきた人」
だから、彼にしてはまあ当然といえばそうなのだろう。

しかも、素人がよく言うところと同じような例を出しているのは
笑止だ。いわく、
「自動車だって事故で亡くなる人がいるが、だからといって
 自動車を無くせという話にはならない」とか、
「レントゲン写真を人は死ぬまでに何枚も撮るはずだが、
 それで死んだり病気にはなっていない」と。

もうこれを持ち出されると凡才な小学生に説明しなければ
ならない面倒くささと軽蔑心を感じてしまう。
 「次元が違う話ですよ」、「あとは自分で考えなさい」
と言っておくしかない。

一応フェアに論じなければいけないので、今回の吉本氏の
論説を記してから、後段で具体的に反論しよう。


吉本氏いわく、

①「原発は人類が積み上げてきた科学の成果。
  原子力は悪党が生み出したのでも泥棒が作ったのでもない」
②「原発を止めてしまうのは核開発の技術も全て意味がなくなり
  それは人間が猿から別れて発達し、今日まで行ってきた
  営みを否定することとお同じ」
③「文明の発達は常に危険との共存。その危険をかろうじて
  上手く使うことができるまで作り上げてきたものが原子力
  なのだ」
④「原発を止めてしまうことではなく、完璧に近いほどの
  放射線に対する防衛策を講じること。
  原発を改良するとか防御策を完璧にするというのは
  技術の問題だが、人間の恐怖心がそれを拒んでいる。
  また、私は経済的利益から原発を推進する人には
  与(くみ)しない。原発の存在を決めるのは「恐怖心」や
  「利益」より技術論と文明論にかかっていると考えている」
⑤「他の動物と比べて人間が少し偉そうな顔をできるように
  なったのは、危険を承知で努力してきたから」
⑥「人間は新技術を開発する過程で危険極まりないものを
  作ってしまうという大矛盾を抱えているが、科学技術や
  知識というものは、いったん手に入れたら
  元に戻すことはできない。
  どんなに危なくて退廃的であっても否定することはできない。
  それ以上のものを作ったり考え出すしか道は無い。
  それを反核・反原発の人達は理解していない」

とまあ、菅 直人と同じ東京工業大学出身でありながら
(あるいは、そうであるからかもしれないが)
 原子力に対して「神話的レベルで過信している」
と揶揄(やゆ)せざるを得ない。


まあ、それはともかく、文脈を見て反論しよう。

①に対する反論
 「原子力は悪党が生み出したのでも泥棒が作ったのでもない」
 というが、彼の言う「悪党」の意味が相変わらず
 意味不明=観念的だが、もともとマンハッタン計画という、
 いくらナチスに対抗という大義があったにしても
 「極めて政治的なもの」として開発された核技術だから、
 「人類を攻撃する兵器としての開発」と広い意味で
 「悪党」と解せなくもない。

②原発を止めることと「人間が猿から別れて発達し、
 今日まで行ってきた営みを否定すること」とは
 イコールでなはない。
 何らつながるものではない。
 こうした論理的関係性を主張することは知識に対する
 驕り(おごり)以外の何物でもない。

③「文明の発達は常に危険との共存」という点は
 もちろんそうだが、「その危険をかろうじて上手く使うことが
 できるまで作り上げてきたものが原子力」という点は
 認識が甘い、というより誤認だ。
 
 「うまく使うことが未だにできていない」から問題なのであり、
 今後も「うまく使いこなしていくことは不可能なものが原発」
 であることを氏は理解していない。
 廃棄処理1つとっても何十年も未解決であり、
 今後も解決手段はないのだ。そういうことを
 氏は理解していない。

④「原発を止めてしまうことではなく、完璧に近いほどの
 放射線に対する防衛策を講じること」と言うと、
 いっけんもっともらしいが、そんなことできてたら、
 原発事故自体起こっていない。
 「人間の恐怖心がそれを拒んでいる」というが、
 その「恐怖心ということ自体が重要な基準」であることを
 理解していない。
 「技術論しか頭になく人間論に立っていない」と言える。
 
 「私は経済的利益から原発を推進する人には与(くみ)しない」
 という点自体は評価できる。
 少なくとも安易で低レベルな経済界の御人らのおバカさん
 たちとは違うようだ。
 しかし、「原発の存在を決めるのは技術論と文明論に
 かかっていると考えている」とする点は、再三反論して
 いるように、あまりにも
 「技術者バカ」的に「技術発展神話を信仰し過ぎている」
 と言わざるを得ない。

⑤「他の動物と比べて人間が少し偉そうな顔をできるように
 なったのは、危険を承知で努力してきたから」というが、
 他の動物との比較自体、意味がない。

⑥「人間は新技術を開発する過程で危険極まりないものを
 作ってしまうという大矛盾を抱えている」という点は
 そのとおりだが、「科学技術や知識というものは、
 いったん手に入れたら元に戻すことはできない。
 それ以上のものを作ったり考え出すしか道はない」
 としている点はあまりにもお粗末すぎる論理だ。

 言いかえれば、氏は技術の発展を人類存続存在の全ての
 基盤としているが、それ自体ナンセイスでバカげているし、
 いったん戻して新たな展開をも可能にすることも人間には
 できる、そういうことも人間には可能なのだ、という点を
 「信じていない」点において、実は
 「科学技術さえも本当のところで理解していないだけでなく
 信じてもいないのではないか?」と言わざるを得ない。


総じて要するに、吉本氏の場合、人類は時間が経過すれば
するほど(するにつれ当然ごとく)「進歩する」、
「進歩しえきたし、今後もそうなる」という「幻想論」に陥って
いると指摘できる。

「元に戻すことができない」として、
「元に戻すことこそ場合によっては崇高な進歩である」
ということを全く理解できていないという点で、
もはや完全に旧世代の人、「過去の人」と言えるだろう。


  追記1…1月3日の東京新聞より

なお、鎌田 慧(さとし)氏は、
「吉本氏は<科学技術や知識というものは、いったん手に
 入れたら元に戻すことはできない。どんなに危なくて
 退廃的であっても否定することはできない。たとえ
 事故を起こしても一度獲得した原発の技術を高めていく
 ことが発展のあり方です>と、
 東電や政府さえびっくりするようなご宣託を述べている。
 二十世紀にもてはやされた<科学技術信仰の化石>
 のようだ」
と批判し揶揄しているのが傑作だし、鎌田氏に賛成だ。


  追記2…1月7日の日本経済新聞夕刊より

なお、反丸山という立場や、独自の文明論ということでは
梅原 猛氏という哲学者も忘れてはならないが、
氏の場合は、今回の原発事故を受けて、自然からの
恵の再生可能エネルギーに切り替えていくべき、
ということを明確に述べている。

「人類が存続できる文明の基盤となる新しい哲学が
 今こそ求められている。原子力エネルギーから脱却し、
 かつ環境破壊を克服する文明の在り方を示せれば、
 原発事故で傷ついた日本の誇りを回復できる」
という点は全く賛成だ。

「ほこ × たて」                   プロフェッショナル同士の切磋琢磨

13時からフジテレビで(再放送とのことだが)
  「ほこ×たて」
と題する番組が興味深かった。特に、

日本タングステン社による強度を誇る金属
  VS
オーエスジー社による最強のドリル

の対決が見もので、
「プロフェッショナル同士の戦い」を感じた。

結果は、穴が貫通できず、しかし、なんと四角形で3センチ
ほどの厚さの金属が割れてしまった。

 オーエスジーの社長は、
「穴を(完全に)開けられなかったから負け」と言ったが、
 日本タングステンから代表として来た若い技術者も、
「割れてしまったので、負け」と言い、ひき分けた。

日本タングステン社はこれまで3連勝してきたとのこと
だから、初の敗北ではないものの、強いライバルが
現われてわけだし、オーエスジー社社長も、
 「(金属は)想定の範囲にあったと思ったが、
  (素材的に)それを超えていた」
と、相手の強さも認めた。

「モノ作りのプロフェッショナル同士」による面白い内容の
番組だった。

2011年12月30日 (金)

「わ・す・れ・な・い」 再放送を見て

30日、フジテレビが、
 「わ・す・れ・な・いから東日本大震災155日の記録」
と題して、8月12日に放送されたものが再放送された。

8月に見ていなかったので、言葉は不適切かもしれないが、
見てよかった。
軽薄で「しょうもない」番組が多い同局にしては、
とても良い検証番組だったと思う。

文字通り、忘れてはいけないことばかりだ。

津波の威力。
砂やヘドロ等が混じたものが、巨大な破壊力を伴って、
家に人々に襲いかかった。

再放送ではあるが、12月28日現在、
行くえ不明者数は3468名であることは伝えていた。

ナレーションは中井貴一さんと広末涼子さん。

2011年12月29日 (木)

「死刑執行 19年ぶりゼロ」は法務大臣の怠慢

刑事収容施設法で12月29日から翌年1月3日の間は
死刑の執行はなされない旨規定されているため、
12月28日に執行されないことから、
2011年における執行はゼロとなり、それ以前1件も
執行されなかったのは1992年とのことで、
19年ぶりに「執行ゼロ」の年となることが確定した。

言うまでもないことだが、刑事訴訟法で、

 「死刑判決確定後、6か月以内に法務大臣は死刑執行を
  命じなければならない」

と定めされている。

2011年に死刑が確定した人数は21人で、これまで確定して
いるにもかかわらず未執行死刑囚は合計(累計)129人いる。

言うまでもないが、「税金でタダ飯を食べている」わけだ。


以前も書いたが、

「個人的な意見(死刑制度に反対とか宗教上の信念)で執行の
判を押さない法務大臣はそもそも法務大臣になってはいけない」

のであって、大臣の任務を受けてはいけないのに、
受けること自体間違っているのにもかかわらず受けるのは、
 「名誉意識」かあるいは「自分が押さないことで執行を
  1人でも遅らせようという確信犯的地位受諾」
のいずれかだろう。

この点、死刑制度に反対の立場ながら、法務大臣として
執行の判を押した千葉景子さんは立派だったと思う。
 (2010年7月)

いずれにしても、いかなる理由であれ判を押さないのは

 「法務大臣として職務怠慢」であると同時に
 「刑事訴訟法違反行為」であることは言うまでもない。

刑事訴訟法で「再審請求中や共同被告人の判決が確定するまで
の期間は(死刑確定後6か月に執行の)6か月間に算入されない」
ので、そういうケースを除き、あるいは100歩譲って、冤罪の疑い
があると推察しているとか、そういう報道諸々特殊な事案は
まだしも、どう考えてもそうでない犯人であることが明々白日
である件において、執行しないのは許されない。

日本のような
「犯罪者に甘く、被害者に厳しいというおかしな実態の国」は
世界中他には存在しないのではないかと思う。

2011年12月27日 (火)

ザ・ジェイド 「リヴァイブ」 The JADE 「Revive」

男声ユニットで、2008年のスタート時には4人だった
メンバーに、今回新たに2人加わって6人となった
  「The JADE」=「ザ・ジェイド」
が今年の初夏ころだったと思うが、新しいCDをリリース
した。CDのタイトルは収録の第1曲目を使い、

  「Revive」 (リヴァイブ)

なお、メンバーは
テノールの樋口達哉さん、高野二郎さん、高田正人さん
バリトンの黒田 博さん、成田博之さん、北川辰彦さん

CDの収録曲は

1.リヴァイブ (作詞;小椋 佳 作曲;筒美京平)

2.あなたに逢って (作詞;小椋 佳 作曲;筒美京平)

3.明るい未来 (作詞;御徒町 凧 作曲;信長貴富)

4.きみを感じて (作詞&作曲;成田博之)

5.リベルタンゴ
  (日本語作詞;加藤登紀子 作曲;A・ピアソラ)

6.Sentimento (作詞;高野二郎 作曲;金井 信)

7.さくら
  (作詞;森山直太朗&御徒町 凧 作曲;森山直太朗)

8.くじらのあくび (作詞;はら たいら 作曲;倉光 薫)

9.Elysium ~ブラームス 間奏曲op.118-2
   (作詞;黒田 博)

10.Solo per te ~ドボルザーク スラブ舞曲 第10番
   (作詞;樋口達哉)

11.世界の言葉でアイ・ラヴ・ユー
   (作詞;片野順子 作曲;三枝成彰)

12.ヒスイ jade (作詞;寺山修司 作曲;信長貴富)


まず、全体に言えることは、想像どおり、いや想像以上に、
男声6人による迫力満点なことだ。
だから、1曲目など、否が応でも「元気が出る曲」となる。

小椋氏による歌詞も、「諦めから 何が生まれたろう」、
 「愛よ 蘇れ 力よ 人々に宿り直せ」、
 「惨(むご)さ 狡(ずる)さ 安さを求めず
  高く熱い 志という潔(きよ)さ 身に秘めて」、
 「歌よ 蘇れ 言葉よ 嘘を 洗い去れ」、
 「夢よ 蘇れ 命よ その意味の 扉開け」等々、
勢いのある言葉がならぶ。

4は成田氏による誰かに対する素敵なラヴレターというところ。

6の「Sentimento」はイタリア語で「思い」で、
 高野二郎さんによる他のイタリア語による語句を入れての
 歌詞はなかなかロマンティック。

9の「Elysium」はドイツ語で「楽園」だが、原曲の
 ブラームスの作品118の第2、イ長調の間奏曲を好む人は
 多い。
 私もそうだし、そういえば12月21日の田部京子さんの
 新譜CDの紹介欄で広瀬大介氏のライナーノーツに少し触れた
 が、広瀬氏もこの曲について「愛してやまない」と書いていた。

10の「Solo per te」はイタリア語で「君だけを」

なお、12は信長氏による合唱曲を今回新たに「The JADE」の
ために編曲し直したもの。

どれも楽しんだが、敢えて3つを選ぶなら、
 「リヴァイブ」、「世界の言葉でアイ・ラヴ・ユー」、「ヒスイ jade」
を挙げる。

でもそれは「敢えて」ということであって、どれも楽しめること
請け合いだ。

«CD ピンク・マルティーニ&由紀さおり 1969

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